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Love Receipe

さち子は憤慨していた。


誰にかといえば、神にだ。


私はこんなにも頑張っているのに、

どうして毎日大変なの?


そうぶつぶつ文句を言いながら、

こびりついた鍋底のカレーをたわしで力一杯取ろうとしていた。



私ばっかり、なんでよ。


頑張っているじゃない。


どうして、こんなに上手くいかないんだろう。


愛のレシピがあるなら教えてよ。


旦那は帰ってきても、何もやってくれないし。


どうしたら良いか分からない。


誰か教えて。


ていうか、神様、なんなのよ。


マジで神様が存在するなら、出てきなさいよ。


文句言ってやる。





ゴシゴシする力があまりにも強くて、

鍋の底に傷ができ始めていた。


さち子は、さっき自分の子供に投げかけた言葉に後悔をしていた。

思い出したら泣いてしまいそうだから、唇をぎゅっと結んで

もっと鍋に力を入れて洗った。


その代わり、この気持ちを怒りに変えて誰でもない神様に伝えていた。


ふと顔を上げると

目の前のガラスに浮かんだ自分の形相が怖くて

サッと下を向いた。


髪の毛はボサボサで

皮膚は寝不足でたるんで

目の下にはクマができていた。


ああ、なんて見すぼらしい顔をしているんだろう。


結婚当初買った大きなソファは、

子供が生まれてから一度も横たわってテレビを見たことがない。


そのソファに久しぶりに横たわってみようかと

さち子は水を止めて、手袋を外した。


子供たちは、寝ている。

旦那は、まだ帰ってこない。


ソファに行くまでの足元におもちゃが転がっている。

『片付けてって言ったのに』


そう呟きながら、おもちゃを拾いたくなる衝動を置いて、

ソファに腰をかけると、自分の身体が沈んでいく感じがした。


どんどんと沈んでいくソファに身を寄せながら

さち子は深い眠りへと入っていった。



ーーーーー親愛なるさち子よ、私の声が聞こえますか?ーーーーー


どこからともなく声が聞こえた。


あんた誰?


ーーーーー私は、神ですーーーーーーーーーー


嘘でしょ。



ーーーー本当なんだな、これがーーーーー


なんで?


ーーーお話をしたいって言ってたでしょ?ーーー


いや、話じゃなくて、文句を言いたいのよ


ーーーどんな文句があるのかな?ーーーーー


私は、子供たちが生まれてからこんなに頑張っているでしょ?

なのに、

どうして、こんなに毎日が辛いの?

どうして、こんなに報われない気持ちになるの?


さっきだって、息子のひろしにすごい剣幕で怒っちゃったし。


ーーーー一生懸命に育ててくれているのをちゃんと見ていますよーーーー


いやいや、そうじゃなくてね。

こんなに悲しい思いをするために、私は子供を授かるって

どういうこと?


ーーーーー楽しいことは感じませんか?ーーーーー


もちろん、子供が歌っている時、踊っている時、はしゃいでいる時

とっても可愛くて、楽しいなと思いますよ。


でも、

でも

でも、、、、


私って、十分に母親が出来ているのかって、不安なんですよ。


自己肯定感を育てましょう

とか

自己愛を育みましょう

とか

自分で生きていく力を育てましょう

とか


それが出来ているのか、分からなくて。


私がやっていることって正しいですか?


これで良いのか?って、

その不安に押しつぶされそうなんですよ。



失敗がきかない気がして。


ーーーー私はあなたを信頼しています。だから、そのままで大丈夫です。ーーーー


それ、やめてもらえます?


ちゃんと、よくやっているって定期的に言ってくれないと

不安なんですよ。


ーーー定期的にあなたに伝えているのを気づいていませんか?ーーーー


は?

まったく。

いつ?

どこで?


ーーー今日の苺が美味しかったら、それで良いよという私からのメッセージ。

  

   顔上げた時に夕日が美しかったら、それが私からのご褒美。


   それらの瞬間を一緒に過ごせて味わえたら、それが私からの特大のありがとうの言葉ーーー



確かに、今日の苺が甘くて美味しかったの。

あれって、神様が、よくやった!って言ってたの??



ーーーーええ、そうです。一生懸命育ててくれて、ありがとうーーーー


でもね、でもね

じゃあ、買い物袋いっぱい自転車に積んだ日、

自転車がパンクした上に、雨がザーザー降ってきたでしょ。

あれはなんなの?!

罰?

私、何か悪いことしました?


ーーーーーいいえ、いっぱいあの日は泣きたかったでしょ。

     でも、あなたは泣くことを堪える癖があるからね、

     泣いてもいいよ。雨で泣いていることを隠してあげるからって。

     そして、誰かの愛をもらって、助けてもらう事を体験して欲しかったんです。ーーーー


確かに、あの時に、通りすがったおじさんが

トラックに自転車を乗せて、家まで送ってくれて。

よく頑張っているねって言ってくれたんでした。



いやいや、じゃあ、あの私がぶっ倒れた時は?


ーーーーーあなたが倒れても、私が大地で支えます。

     倒れて、どこまでも、どこかに落ちていくことがないように、

     いつも私は大地からあなたを支えています。

     だから、これからも定期的に私に支えられていることを思い出すように

     大地に寝っ転がって空を見上げてください。

 

     私はいつでもあなたのそばにいます。ーーーーーーーーーー



さち子の顔が冷たかった。

ふと目を覚ますと、帰ってきた旦那さんの冷たい手が頬を覆っていた。


『大丈夫か?』


そう旦那のさとるは言った。


『ええ、ちょっと夢を見ていたの』


『そうか。今日な、青森との取引が決まって、おいしいリンゴをもらったぞ。

 一緒に食べてみようか』


夜23時。



シャリ、シャリ


二人のりんごを噛む音がシーンとしたキッチンでこだました。


甘い。。。。


『あまいな。おいしいな』


『私たち二人で美味しいって言えるってね、

 神様からの特大のありがとう、、なんだって』


なんだそれ?



そう言われるかと思った。

でも、さとるは


『そうか、俺たちよくがんばっているもんな。

 いつもありがとう。これからも頑張ろうな』


さち子の喉をりんごが通らなかった。

喉が痛い。


私ばかりって思っていたけど、、、、そうじゃなかった。


さとるも、私が見えないところで頑張っている。

青森との取引決まるのに、時間がかかっていたもん。


さとるが見えていないところで、私が頑張っているように

私が見えていないところで、さとるも頑張っているんだよな。


喉を振り絞りさち子は顔を上げて笑顔で言った。


『すっごく、このりんご、美味しい!』


そういうのが精一杯だった。


愛してる



ありがとう



なんか恥ずかしくて言えなかった。


でも、美味しいって笑顔でいうさちこを愛おしそうにさとるは見つめて


『その笑顔でまた明日も頑張れる。ちょっとシャワー浴びてくるよ』


大きい手で、私の肩をポンと叩いて、そう言った。



神様からの言葉。

本当だったかもー


そう言ってさち子は、残りのりんごをシャリっとかじった。



*このストーリーはフィクションです。


モノクロから虹色へ


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